日常1 《黒猫亭の看板娘》

18/114
前へ
/613ページ
次へ
老婆はゆっくりと身体を起こすと、部屋を出て行く。 敵が2人から1人になった。 少しでも生存確率が上がったと彼女は少し安堵した。 しかし、問題はもう1人の老人。 老人は彼女をジッと見つめていた。 その目が彼女は苦手だと思った。 何故なら今までに見たことがない目だったからだ。 敵意も、好意も、殺意も感じられない。 しかし空っぽか?と問われればそれも違う。 その目はとても深くて、自分の理解を遥かに超えていると思った。 その理解出来ない目が彼女にとって、苦手なのだ。 彼女は老人から目を反らす事も、受け止める事も出来ずに困惑した。 【・・・すまんな。】 《・・・?》 【婆さんは悪気があった訳じゃない。ただ、お前さんが心配だっただけなんじゃ。許してやってくれ。】 猫の彼女は、老人の言葉は理解出来ない。 しかし何故か・・・老人は自分に謝罪をしているのでは?と言う気持ちになった。 その謝罪が何を意味し、何に対してなのかは理解出来なかったが何となく彼女はそう感じた。 彼女は警戒を緩める。 目では老人を追いながらも、爪と牙を隠し、唸り声を止めた。 それに応えるように老人はフッと笑みを溢す。 【安心せい。儂も婆さんもお前さんをどうこうせん。出て行きたかったら出て行くがええ。】 ・・・。 この人間は何を話しているんだ? お前の言葉が私に通じる訳がないじゃないか。 人間は不思議な生き物だと彼女は思う。 大体の人間が自分や同族達に言葉を投げ掛けるからだ。 意味など通じないのに、当たり前のように独り言を言う。 今まではそんな人間を少し馬鹿にしていた彼女だったが、この老人に関してだけは何故か言っている言葉が理解出来る・・・ような気がした。 《・・・怪我が治ったら出て行くからな。》 【・・・ゆっくり休むがええ。】 彼女はゆっくりと目を閉じると、意識をゆっくりと手放す。 しかし、今度は以前より些かの安堵を感じながら。
/613ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5154人が本棚に入れています
本棚に追加