日常1 《黒猫亭の看板娘》

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そうした日常がゆるゆると過ぎた。 彼女がこの日常を受け入れ始めた時には、すでに黄色の皿は【不審な土台】から【私の土台】に変わっていた。 今ではその黄色の皿を老婆が運んで来るだけで、自分の食事だと認識するようになった。 ここは居心地が良い。 あの2人は自分に良くしてくれる。 でも・・・。 彼女は戸惑っていた。 今まで、自分の居場所があった事など無かったからだ。 その日、その日に寝床を変え、食事を探し、街を彷徨う日々。 そんな自分が、一ヵ所に留まるなんて想像もしなかった。 だからこそ、どうして良いか分からない。 幸い彼女はようやく歩く程度であったから、この問題に関しては先延ばしに出来た。 しかし、彼女にはこの問題にいずれケリをつけなければならない事を理解していた。 彼女はそんな事を考えながらリハビリも兼ねて部屋の中を歩き回っていた。 時折、痛む事もあるが大分回復したと感じる。 また歩ける自分を感じながら深く2人に感謝した。 廊下を歩いていると、縁側に座り休眠している桜の木を眺めながら茶を啜る老人の姿。 普段なら遠目に老人を眺め、飽きたらまた部屋内を散歩する彼女だったが、今日は違った。 ・・・雰囲気が? 老人の雰囲気がいつもと違う。 いつもの達観したような深い雰囲気ではなく、吹けば飛んで行ってしまいそうに弱々しく感じた。 こんな老人を彼女は見たことがなかった。 彼女はゆっくりと老人に近付く。 それに気付いた老人は【珍しいの。】と呟いた。 彼女は老人の横に横たわると老人が眺めていた桜の木を同じように眺めた。 何処にでもある桜の木。 春にはきっと美しい花を咲かせるだろう。 しかし別に変わった所はない。 こんな何処にでもある桜の木。 しかも花も実もない今の時期の木を眺めて茶を飲むなんて何の意味があるのか?彼女には理解出来なかった。
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