日常1 《黒猫亭の看板娘》

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【ミア。今日もありがとうね。】 《お婆ちゃん。ちょっと歩くの早いな?》 楽しそうに歩を進める老婆。 その足取りは軽く、いつものペースで歩くミアは小走りに老婆を追いかけた。 【ミアが来てくれて私は楽しいの。】 《お婆ちゃん?機嫌が良いのか?転ぶからゆっくり!》 夕暮れの帰り道。 老婆の楽しそうな笑顔に、声のリズムに、ミアもまた老婆の心配をしながらも楽しんでいた。 【ミア、私は・・・。】 ・・・でも。 ・・・。 ミアは足を止める。 その場所に差し掛かった時、ミアは自分の愚かさを、甘さを理解した。 《・・・ここは。》 ミアは辺りを見回す。 そこは忘れもしない苦い思い出の場所。 そして自分の知る限り、一番危険な場所。 ミアが子供を助け、親に恨まれ、同族に襲われたきっかけを作った交差点。 ミアは意図的にこの場所を避けていた。 自分はもちろん、老夫婦も近寄らせないように気を付けていた。 なのに・・・この日のミアは油断していたのだ。 ミアの背中に不穏な風が忍び寄る。 嫌な予感がして、交差点を見回す。 そんは訳はない。 確かにここは事故の多い場所だ。 だから、だからと言って自分がいる時に2回も事故なんて・・・ ミアは不安を無理矢理抑え込むように自分に言い聞かせた。 だが・・・その不安は現実のものとなった。 ミアの目に写るのは、猛スピードで交差点に向かってくる車。 その速さは、その威圧感は目の前に人がいるからと言って決して停止はしないだろう。 《お婆ちゃん!!》 ミアは地面を蹴った。 全力で、全速力で大地を駆けた。 ミアは恐かった。 ・・・この交差点が。 ・・・あの思い出が。 しかし一番恐かったのは老婆を、老人を失う事だった。 それほどまでにミアは老夫婦を愛していたのだ。
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