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「検証項目第569、クリア。検証項目第570……クリア。検証項目第571……」
2279年、東京某所――
その空間は俗世間から切り離され、時間の流れを感じられるものは一切存在しなかった。
あるのは老人と、時折泡を立てる培養管と一台のコンピューター。そして部屋の外から伸ばされた何十ものコード。
そのコードが向かう先、薄い緑色に光る培養管を感慨深く眺め、バインダー片手に老人は深く息をはいた。
6畳程のスペースにおかれた培養管が放つ、神々しくも禍々しい光は老人を静かに照らしている。
老人の落ち窪んだ両眼は培養管に入れられたものに慈愛の眼差しを向けていた。
「人は贖罪せねばならん。この子には可哀想な事をするが……」
老人は節くれだった指で培養管の表面を撫でながら言葉を搾り出すように語りかけた。
「人類の闇となり光となり……新たな希望をもたらしてくれ。だが……時がくるまでは暫く、せめてもの安息の時を……」
老人は暫くそうしていたが培養管をもう一撫すると、すっかり曲がってしまった腰を左手で押さえつつ体をコンピューターに向けた。
何本ものコードで培養管と繋がっているそれを操作し始める。
どれくらいの時間老人はキーを叩いただろうか。
この空間において時間の経過さえ知ることは不可能であったが、老人が紡ぎだした文字の列は確実に時間が経った事を証明していた。
モニターに浮かんだ文字を満足そうに眺めると、口を開いた。
「CODE:U.Sa.K.Ma.……始動。未来を頼むぞ……我が娘よ……」
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