反転

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反転

そんな何もかも見透かしたような素振りは一度も見せなかったということだけははっきり覚えている。あの時の彼女に今のような不気味さは微塵も感じられなかった。ただただ私に好意を寄せているということは肌が擦れ合う度、知覚できた。明らかに私が彼女を手中に収めているなと感じていた、今思えば浅はかだったと言わざるを得ないその心情を今ここで自白しよう。しかし今はどうだろう? 私にはいまや私自身が彼女の籠の中で精一杯さえずり、羽をばたつかせてダンスする哀れな小鳥のようにしか思えなくなっていた。 「あはは」 急に彼女は乾いた声を立てて笑い出す。それは何もかも見透かしている証明だった。私の愚かしさを笑っていた。しかし悪意は何故だか感じられなかった。今でもなお彼女は透き通っているのだった。私をこんなにもからかっておきながらそれでもなお綺麗であることがずるいと思った。そうだ彼女は綺麗なのだ。綺麗であるからいっそう彼女のことが好きであった。 綺麗であることは否応なく速やかに決定的にお前はお前でなくなると言われているようなある種の心地良さがあった。彼女はなおも五本指の腹で鍵盤を叩くように「*」を舐め回す。私の四肢はぴんとピアノ線のように張り詰め、びくびくとヒキガエルのハーモニーを奏でていた。ヒキガエルは私の中でいつまでも鳴いている。びくびくびくびくと。茎は穂を実らせ、雨の日の後のような臭いをみなぎらせていた。「*」は私をいたずらに上昇させるものだから、ヒキガエルの音色も自然甲高いものになって、もはや人間の聞き取れる所からは逸脱してしまっていた。「*」は誰もが持っているものであるし、また私自身も持っているものだった。「*」はいつでもアンテナをはって敏感に感じ取っていた。「*」はトンネルの出口の役目を担っていた。しかし、逆流するベクトルさえも受け入れた。その時には激痛と快楽の両方を我々に与えた。つまり禁断的なものだった。それがいつしか快楽だけになっていく時には……。
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