疑似レンアイ

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二人の視線が螺旋を描くように、ゆっくりゆっくりと絡まった。 彼は、未だ深紅に染まったままの私の頬に、大きな手の平をあてがい、更に深く覗き込んでいく。 その瞳が夜闇にうっすらと官能的に映し出されると、彼の視界の中で私は、次に起こるであろうシーンを悟って、まるで恋を知らない少女のように心を揺るがせた。 「じゃあ…由里香ちゃん、帰るな。今日は本当にありがとう」 五十嵐さんは、ドアノブに手を掛け助手席から降りると、私の愛車が国道から見えなくまるまで、何度も手を振り見送ってくれた。 彼に触れられなかった唇が、安堵するかのように緊張を解きほぐし、私はフゥと、深い溜め息を漏らした。 ソレは心の何処かで、未だ跳ねとばす事の出来ない淳との過去に怯え、次のステップに進めずにいたからであろう。 突然訪れた恋はまるで、昨夜この街を一気に駆け抜けていった、春一番の風のようだった。 まだ定まらぬ彼への気持ちが、穏やかに甘い恋に変化していくことを、私は緩やかに願う。 まさか純粋な彼の気持ちを裏切り、疑似恋愛に発展していく事になるとは予想もせずに…。 …
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