虚無感

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天王山の麓に着く頃には日は中天近くにあったが、食事も程々に山中に踏み入る。 見通しの悪い山の中、斥候が必要だと判断した近藤は監察の山崎と島田に指示を出す。 「すまないが、斥候の役目をしてはくれないか?」 指示と言っても高圧的に命じるのではなく、頼むような感じがするのが近藤の良いところだ。 二人とも頷いたが、山中での斥候と聞いて宿禰は自ら進み出た。 組長である沖田もそれを諫めたりはしない。 沖田自身、山中での宿禰の動きは昨日見ただけに推薦をすることはあっても、諫める理由は何一つ考え付かないのだ。 「局長、僕も斥候に行かせてくれませんか?」 思わぬ人物が自ら進み出たとあって、一瞬言葉に詰まった近藤に代わり、土方が怒鳴り声で宿禰を諭す。 もちろん、宿禰の運動神経の良さは知っていたが、山中での迅速な行動は運動神経だけでどうこう出来るほど生易しいものではない。 それが斥候――敵に気配を気取られることを許されない行動をとるとなれば、その難しさは数段跳ね上がる。 そのことを言い切っても宿禰は引き下がらない。 それどころか、沖田と藤堂まで宿禰が斥候に回るのを薦めだしたのだから、土方からすれば苛立たしいことは、この上無い。 山崎ほどに隠密行動に優れた者などそうはいないと思っているからだ。 「行かせられるか!!」 土方が怒号をあげても二人は怯まずに宿禰を推薦する。 「僕は昨日久遠寺君が音も無く林の中を走る……いえ、もはや駆け抜けると言った方が正しいでしょうが、その様子を見ました。それが彼を推薦する根拠です」 そう言って頑として譲らない沖田を見て、山崎は土方を諭す。 「まあまあ、副長。久遠寺君がついて来れなくなったら帰りに拾いますから大丈夫ですよー」 沖田が譲らないと見て、土方も仕方無しに認めていいかを近藤に問うと、沖田の性格を知っているだけにすぐに頷いた。 宿禰、山崎、島田の三人は、かつて天下の分かれ目の戦の舞台となった天王山を駆け登る。
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