虚無感

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糸が切れた人形のように、宿禰が倒れ込むのをたまたま側に立っていた斎藤が支える。 意識がなく、四肢に力の入らない人間の体を支えるのは本来かなりの重労働だが、宿禰の体重が平均よりかなり軽いことが多少簡単にしていた。 「…………」 斎藤が黙ったまま静かに横たえると、沖田が急いで駆け寄ってくる。 その表情には余裕がなく、蒼くすらなっていて、普段の朗々とした沖田の表情を同じ顔が見せているとは信じがたいほどだ。 「呼吸はしています……」 斎藤が静かにそう言うと、沖田の顔に少しばかり安堵の色が広がったように見えたが、口を開くことはしない。 予想外すぎる事態だったのだ。 ほとんどの隊士達が宿禰を心配する中、一人の組長は意地の悪い声で、蔑むような目線を宿禰に向けて話す。 「我を張らずに副長の指示に従っておれば良いものを……ほんに迷惑ばかりかける童よ」 それを聞いた途端、沖田が纏う空気が殺気の混じったものになるが、その組長――谷にはわからない。 「でしゃばりめが、己の腕に自信がないからと少しでも媚を売るつもりだったのかは知らんが、意識を失うとは……迷惑極まりないわ!!」 谷の側にいた隊士達は皆が退いた。 退かなければならない、それほどまでの殺気と怒気を纏って沖田が歩いて来ているのだから、誰だって道を譲るだろう。 「……あなた曰く、腕に自信がないから媚を売ろうとした子に、ご自慢の槍で本気で打ち掛かって負けた宝蔵院槍術の使い手は、どこのどいつですかね、谷さん?」 ゆっくりと、ゆっくりと、歩みを進める沖田を取り巻く空気は重々しい。 谷の目の前に来ると、殺気も怒気も比べ物にならないほどに威圧する。 「ねぇ、谷さん?」 笑顔を見せるが、その笑顔の奥には殺気が隠されていると誰でもが気付かされる。 それほどまでに禍々しい殺気が沖田の纏う空気に滲み出ている。
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