虚無感

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「正直言って結構気分悪いですから、皆さん気を抜かないでくださいねー」 飄々とした物腰は健在ながら、山崎の表情にはわずかばかりの陰りが見えた。 死体を見るのにも慣れている山崎のこの表情は、隊士達に凄惨な状況を連想させ、黙して山道をひたすらに進む。 進み続ければ、濃厚な血の香りが感じられるようになり、その辺りから島田が合流するが、宿禰の姿が見当たらないことを疑問に思って土方に問い掛ける。 「体調不良で山南さんと源さんが診てくれてる」 つまりは、心配するな、と暗に言われたのを悟れないほどに島田は愚鈍ではないので、それきり黙する。 気温が上がってきたためか、血の生々しい香りが隊士達の鼻腔に無断で侵入し、嗅細胞を刺激する。 若い隊士の中には、明らかに顔色を悪くするものもいるが、それにも構わずに進む。 地面を紅く染め、心の臓が鼓動を刻むのを止めた脱け殻をその紅で汚す紅い海――血の海を見た時、何人の隊士が吐瀉物でその海に異色の部分を作ったろうか。 まさに地獄と化したその場にて、紅い海とは真逆の羽織を羽織る新撰組は、虚無感に襲われていた。 「何で……」 槍を携えた原田が眉尻を吊り上げ、表面に表れる憤怒の体現たる阿形がその場に佇むようにして叫びをあげる。 「何で同じ攘夷思想なのに、こんなことになるんだよっ、畜生ぉっ!!!!」 鬱蒼とした天王山の静寂に、その怒号すらも飲み込まれていく。
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