虚無感

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「ぅ……」 宿禰が意識を取り戻して最初に見たのは、山南の安堵した顔だった。 しばしの間、何で自分が地面に横たわっているのかを理解できずにポカンとして山南を見ていたが、意識が完全覚醒すると跳ね起きた。 「皆はっ……!?」 山南と井上が慌てる宿禰を宥めながら、水を飲むことを勧めるが、宿禰はそれどころではない。 立ち上がろうとして体がよろめき、その場に座り込む。 「こらこら、まずは水を飲んで落ち着きなさい」 山南の穏やかながらも有無を言わせぬ口調に、宿禰も大人しく従った。 冷たい水が渇いた口の中を潤していく感覚が心地好い。 宿禰が人心地ついた頃に、山南は宿禰が意識を失ってからの経緯を話して聞かせる。 ただし、谷と沖田が大揉めした辺りを省くのは忘れなかった。 聞き終わると、宿禰は黙ったまま山道をジッと見ているだけで、山南や井上には話しかけないでいたが、井上が宿禰に話しかける。 「そんなに酷かったのかい?」 答えを無理強いはしない穏やかな声に、黙っていた宿禰もポツリポツリと、ゆっくりとだが答える。 その声は弱々しく、とても細かった。 「僕の記憶にない場面が見えたんです」 ゆっくりと自分が見た場面について話すが、山南のある質問の答えには窮した。 禍々しい武器と輝く髪の持ち主、血の海に倒れ込んでいた男女。 宿禰が考え込んでいると、確認に行った全員が山道を下ってきて屯所へと戻るよう指示が出る。 沈んだ空気が、帰路につく隊士達の足を鈍らせていた。
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