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「久遠寺さん、約束してたのに忘れたんですか?」
目に入るのは、薄い黄色に白百合の柄の着物を着ている那美の少しだけむくれた顔。
宿禰は少しだけ考えると、頭の中で数日前の会話が頭をよぎる。
「じゃあ、27日に屯所の門の前まで伺いますね」
「はい、待ってますね!」
失念して原田の話を熱心に聞いていた気まずさ故か、口の中が乾いてきたのに加えて言葉を考えられないでいると、原田がいつぞやの永倉のような笑顔を湛えている。
それに構うことも出来ずに、急いで着替えに走る宿禰をよそに、原田は那美に話しかける。
「嬢ちゃん、あんたは久遠寺の知り合いかい?俺ぁ、原田っていうんだ、よろしくな」
原田が自己紹介をすると、那美も律儀に返す。
宿禰が急いで着替えて戻ってくると二人は談笑していて一応はホッとしたが、その間も原田の表情はあの笑顔なので、宿禰はハラハラしていた。
「はぁー、あの甘味処の娘さんなのかぁ、道理で品があるわけだ」
原田の顔は世間一般的に色男に分類される。
そんな顔の男に褒められて嫌な気がするわけもなく、那美の原田に対する印象は良いものとなっていた。
宿禰がどれだけハラハラしているかも知らずに、原田と那美は言葉を交わしていくが、原田がとうとう踏み込んだ。
「そういや、嬢ちゃんは久遠寺のコレかい?」
原田は右手の小指だけを立てて他の指は拳を握るようにして見せる。
原田の横顔を、何発か殴ってやりたくなった宿禰をよそに、那美の顔は見る間に真っ赤に染まっていく。
那美は素早く宿禰の手を握ると、門まで駆け出していき、宿禰もそれについていく形となって屯所を出た。
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