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演目は近松 門左衛門の『冥土の飛脚』
飛脚屋の養子、忠兵衛と遊女、梅川の駆け落ち事件という脚本で実話を元にしてあり、三幕構成の物語である。
忠兵衛が梅川との恋を成就させんがために身請けの金を誤魔化し、役人から逃れるために梅川と二人、自らの故郷に逃げ込み、父と再会して別れるまでの話となっている。
役者達の演技が素晴らしく、宿禰はすっかり見入っていた。
隣に座る那美は、梅川が下駄の鼻緒が切れたために、田へと転がり落ちた忠兵衛の父を助けて二人で忠兵衛のことを想って泣く場面では、目尻に雫がうっすらと浮かべていた。
終わったときにはすでに夕刻で、橙色の夕日の中、二人が芝居小屋の前で役者絵などを見ていると、那美にぶつかった男がいた。
「おっと、ごめんよ」
「いえ、お気になさらず」
ぶつかった男は連れと思われる男とその場を去ろうとするが、宿禰の目は誤魔化せなかった。
ひどく手慣れているために分かりづらいが、男は那美の財布を掏っていた。
「お兄さん方、返してもらえれば見逃しますよ?」
宿禰が男達に慈悲を持ってそう言うが、男達はシラをきるつもりらしく、二人してとぼけて見せた。
情状酌量の余地無しと見るが、他の客に考慮して刀を見廻り組に預かってもらったために、今の宿禰は丸腰である。
剣技こそ自分の倍の歳の浪士にもヒケをとらない。
しかし、宿禰は体格が人一倍に優れているのではなく、純粋な技量で勝っているため、素手で自分よりも背のある男二人をどうこう出来るかは自信がない。
男の片方が拳を握り込み、今にも殴りかかろうとしたとき、思わぬ助け船が現れた。
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