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「ちょいと待ちなよ!!」
張りのある鋭い声が響くと、その場の誰もが声の主の方を振り向いた。
そこに立っているのは白粉を顔から首にまで塗っている男で、一見して歌舞伎役者だと分かる。
身に付けている着流しの裾が地面と擦れるのも気にする様子もなく、男達の前にズイと進み出る。
「大の男が、少年相手に拳を振り上げようとは……なんともみっともない話でございますなぁ。早う財布を返してあげなさいな」
役者独特の、どこか一般人とは異なる空気を纏った男の言葉に、回りにいた人々が賛同の言葉を投げ掛ける。
その言葉をばつが悪そうな表情をしながらも、スリは役者に対して怒鳴り声をあげる。
「根拠がねぇことをぐちぐち言ってんじゃねぇよ、役者風情がよぉ!!」
振り上げた拳を役者の男に向けて振り下ろすが、その拳は届くことはなかった。
役者の男はスリの拳を受け止めて強く握り込んでいた。
痛みにスリが呻き声を上げるのも構うことなく、つり目の端で男を見据えて侮蔑の目線をくれてやる。
その顔には僅かばかりの怒りが見えるが、宿禰には理由が分からないでいると、役者はスリに啖呵を切る。
「役者にとって顔は命!!いくらあたしが客分の役者とはいえ、役者の、それも女形の顔を殴ろうとは……ふざけるんじゃないよ!!」
周りにいた人々は、この役者が何を演じていたかを悟った。
彼は梅川を演じていた役者だと。
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