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拳の痛みに耐え兼ねたスリは、粗雑に腕を振って逃れる。
手が自由になると息巻いて、役者に左足での下段蹴りを見舞おうとするが、役者は只者ならぬ動きを見せた。
ふわりと跳躍してその蹴りを避けたかと思えば、次の刹那には水月に鋭い蹴りを叩き込む。
倒れようとするスリの髪を掴んで倒れられないようにすると、最後の慈悲と言わんばかりに高圧的に話しかける。
「最後だ、財布を返しな」
底冷えするような声にも関わらず、スリはシラをきり通そうとする。
役者がスリの様子に舌打ちをする背後で、スリの連れが拳を振り上げていた。
役者はそれに気付いておらず、完全に無防備だった。
「おら……ぁぐっ!?」
スリの連れが背後でで身を沈めるのを見やると、つまらなさそうに呟いた。
「あんたがいらねぇことする必要はねぇのによ。こりゃ、俺の喧嘩だろ?」
男が沈んでいく原因は、いつかのように宿禰がその股間を思い切り蹴り上げたためだ。
見物人の男性陣が皆、青い顔をする中でも、役者は顔色一つ変えずに砕けた話し方をする。
これが普段の言葉遣いなのだろう、シックリきているように思われる。
不機嫌そうに舌打ちを漏らす役者に見惚れる女性達もいたが、本人はそんなものには構わない。
「大体、武士が腰のモン離してどうするよ?武人の心得が足りねーんじゃねぇか?」
砕けた言葉遣いの奥から垣間見えるのは、同じ武人として感じているような怒り。
宿禰は役者に向き直ると、その目を見ながら話し出す。
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