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「内海先輩、電話です。例の人形師の宮木さんか…」
「はい、お電話代わりました。内海です」
後輩のライター・篠原の言葉を最後まで待たずに、私は彼女から受話器をひったくる。そして素早く左肩と頬で受話器を挟み、空いた左手でメモ帳、右手でペンを持った。
「はい。はい…え?取材受けて頂けるんですか?!ありがとうございます!!ではアトリエの方にお伺いしますので、先生の都合のいい日時を教えて頂けますか?…明日の15時ですね。はい、分かりました。ではお伺いします。ありがとうございます!!」
相手が電話を切るのを待って、私は受話器を置いた。
「内海、例の頑固者の人形師に、取材のアポ取れたのか?」
アポが取れたことに興奮して声が大きくなっていたのだろう。私が電話を取った場所から5mは離れているデスクから、編集長が声をかける。私・内海詠子は、彼に肯定の意の笑顔とガッツポーズを向けた。
「スゴいですね、先輩!宮木俊英ってマスコミ泣かせって有名じゃないですか!海外のコンクールで賞を総ナメにしてる気鋭の若手人形師の独占取材!次刊は売り上げアップ間違いありませんね!」
篠原のお喋りを聞き流し、私はデスクに向かう。パソコンの電源を入れて、ワードを立ち上げる。「宮木俊英」というファイルを開くと、以前書いた彼の記事のプロットが画面に表示された。篠原は私が全く聞いていないにも関わらず、まだ喋り続けている。自分の記事の校正が終わったのか、やたらハイテンションだ。
週刊「Now」。私はその雑誌記者だ。私は「匠の言葉」というコラムを連載している。様々な分野の匠に取材をし、それを記事にするのだ。
――やっと宮木に取材出来る…!
明日の取材を思うと、自然とキーボードを打つ指に力が入った。
宮木の人形に出会ったのは、私が大学4年生で就職活動にいそしんでいた頃だった。
当時私は悩んでいた。希望するマスコミ・出版社関係の仕事は人気があまりに高く、受かる自信がなかったのだ。一家の主である父が去年病に倒れて、家計は逼迫している。まず自分の希望を第一に考え、それが通らなければ、どこか給料のいい大手の企業に勤めようと考えていた。
だがやはり、心の片隅ではどうしてもマスコミの方に進みたい、と願う自分がいて、私は自分の迷いに振り回され、就職活動にも身が入らないでいた。
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