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 彼の作る人形は、女の新生児のものから成人した女性まで、多岐に渡る。だがそれらは全て同じ顔をしているのだ。同じ人形作家が作った人形は、その手癖により同じような顔になるのは常とはいえ、その顔の同じ様は合わせ鏡の中の人物のようであった。  私はそれに彼の真っ直ぐな意思を見たような気がして、大学4年のあの頃、自分の迷いを振り切ることができたのだ。  私の問いかけに、彼は押し黙った。取材をしているうちに少し和んできた表情も、硬いものに戻る。私はすぐに、質問したことを後悔した。だがもう後には引けない。私は彼の目を真っ直ぐ見据え、彼の言葉を待った。 「…これだからマスコミは嫌いなんだ」  彼はポツリと呟くと、席を立った。私はどうすることもできずに、ただ彼の姿を目で追う。私達のやり取りを聞いていたのであろう、間宮が不安げに私達2人を見比べている。宮木はつい今しがたまで間宮が写真に撮っていた人形に近付くと、彼女の白い頬を撫でた。 「出て行って下さい。最後の質問以外は記事にしても構いませんから。今までマスコミからは逃げに逃げていた私だ、それだけでも十分記事になるでしょう」  彼は私を振り返らずに、そう言った。驚くほど冷たい声に、私は背中を氷が伝ったような感覚をおぼえた。そして震える声で「今日はありがとうございました」とだけ言うと、間宮のことも放って足早にアトリエを出た。部屋を出る間際に、バリトンが「何を期待していたというんだ…?」と囁いたのを聞いたような気がした。  僕の機嫌を損ねたことに慌てて部屋を出て行った2人を、僕は窓から詠子と眺める。腕の中の詠子は静かに微笑んで、昂ぶった僕の気持ちをなだめてくれた。 「本当に、何を期待していたんだろうね。僕の詠子は、君以外には有り得ないのに」  そう呟いて詠子の髪を撫でると、彼女は変わらず幸せそうに微笑んだ。  恋人の詠子が事故で死んだのは、今からちょうど10年前。当時既に師について人形作りの勉強をしていた僕は、彼女を失った悲しみから、その姿を人形にして写し取ろうとした。彼女の親から彼女が幼い頃の写真を借り、その成長を人形で再現した。それはひどく崇高で、同時にひどく虚しかった。
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