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 詠子の美は暫くして世界に認められた。鴉の濡れ羽色の髪と瞳。透き通るように白い肌。スッと通った鼻梁。そこにだけ春の女神が舞い降りたかのような、桜色の唇。世界は彼女をJapanese Beautyともてはやした。だが僕は、何一つ嬉しくなかった。彼らが高く評価するそれは、彼女の本当の姿ではなかったから。  僕は僕自身のために詠子を造りながら、それでも生きた詠子を望んでいた。そんなとき、内海詠子から取材の依頼があったのだ。  電話でその名を聞いたとき、心臓が大きく跳ねた。音が一緒なだけだろう、と思いながらも気になって、彼女がコラムを書いているという雑誌を読んでみると、「記者・内海詠子」と字まで同じだった。それで彼女に興味が湧き、ずっと拒み続けていたマスコミの取材を、初めて受けたのだ。  会ってみると、彼女は当然ながら詠子とは似ても似つかなかった。髪は茶色く染めているし、瞳も茶がかっているし、肌も化粧を塗りたくった白だし、鼻は典型的な日本人に倣って低いし、唇は毒々しい赤をしていたし。  だが、聡明でハキハキしていながらしとやかな話し方だけは、詠子と同じだった。だから僕は嬉しくなり、つい楽しく色々と話してしまった。人形の詠子とは会話は出来ないから。僕はこれを求めていたのかもしれない、そう思った。  それなのに。  彼女の最後の質問は、余計以外の何者でもなかった。気分を害した僕は、彼女とカメラマンの坊やをアトリエから追い出した。彼女との楽しい会話があれで終わってしまったのは少し残念な気がするが、これでよかったのだ。僕は自分で自分を納得させ、詠子に微笑みかけ、くちづける。腕の中の彼女以外にも、順々に。  僕にとっての詠子は、今僕の目の前で優しく艶やかに微笑む彼女以外には、有り得ないのだから。
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