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「やっぱりそうか……。じゃあ、これからちょっとユキ先生のところに行ってみるわ」
優希も待ち合わせをしているんだろうし、そんなに時間を取らせても悪いだろうと思って優希との会話を切る。
「うん、じゃあ僕ももう行くね」
「ん、ありがとな~」
俺がそういうと優希はまたね、と最後に付け足してから下級生の階に行くために階段を下りていく。
そんな後ろ姿に、あいつは本当に可愛らしいな、なんて倒錯的な思いを暴走させながら見送る。
そして、教室に鞄を取りに戻ろうかなと思い振り返ると、不意に声をかけられる。
「ねえ、孝章くんっ……!」
「…………」
急いできたのだろう。整わない呼吸をそのままに声をかけてきたのは一人の同級生。
「あの…はぁ、さっき、優希くん通らなかった?」
「……優希ならついさっき階段を下りてったところだよ」
笑いながら俺はそう返す。すると彼女は分かりやすく落ち込んだ表情をみせて、『間に合わなかった~……』と呟く。
「優希のおっかけも大変だな、ゆ……藤ノ宮?」
そんな彼女に、ニヤリと悪い笑みを浮かべながらそう茶化すと、彼女はその落ち込んでいた顔を今度は真っ赤に染める。
「え、あ、ううぅ……。か、からかわないでよ、孝章くぅん……」
俺の顔を見て、自分の反応を楽しまれている事が分かった藤ノ宮は、恨めしそうな声でそんな不満を言う。
「悪い悪い。……っと、それより追っかけなくていいのか? 早くしないと優希帰っちゃうぞ?」
俺がそういうと、藤ノ宮はその事を忘れていたのかああ、と声を上げ慌てて階段の方へと走る。
「えっと……。ありがとね、孝章くん!」
そういって俺の横を通り過ぎた後、階段を下りる前に彼女はこちらを振り向く。
「孝章くんも授業を抜け出しちゃあ駄目だよ~!」
さっきの仕返しか、彼女は笑顔を浮かべながらそう言って階段を駆け下りる。その後ろ姿はまるで野を駆ける兎のようで、その眩しさは紛れもなく恋する女の子の輝きで。
俺はそんな太陽のような彼女の後ろ姿を眺めるのだ。
「……」
既に彼女の姿はなく、タッタと階段を下りていく音が耳に入るだけ。
「藤ノ宮……悠里」
俺はそんな、自分が好きだった彼女の後ろ姿を、ただ、眺めるのだ。
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