1人が本棚に入れています
本棚に追加
昔々、あるところに、由利姫と呼ばれる美しい女の子がおりました。その子の隣には、菊と呼ばれる青年がおりました。菊は、由利姫の護衛として、いつも付き従っていたのですが、ある時、由利姫が菊に護衛を辞めるようにと言ったのです。
「何故です?」
菊は、いつもの穏やかな口調で由利姫に問いました。由利姫は泣いていました。
「貴方のそばに、いたくないのです」
由利姫の言葉は、菊の胸に突き刺さりました。菊は由利姫のことが大好きだったからです。
しかし、命令ですから、聞かないわけにはいきません。菊は何も言わずにその場を立ち去りました。
それから数日。街は嫌な噂で溢れていました。「あの菊が死んだ」というものでした。それを聞いた由利姫は号泣しました。本当は、護衛なんかではなく、恋人として一緒になりたかったのです。素直じゃない物言いが、彼を苦しめてしまったのだと思うと、堪らなくなりました。
「貴女が彼を殺したのよ」
冷たい口調で由利姫に言ったのは、由利姫によく似た鬼でした。
「貴女が、殺したのよ」
その鬼の名前はお清といって、由利姫と同じく菊に想いを寄せていた女性でした。菊も、お清のことが好きでした。それなのに、由利姫が菊を、正確には菊の命を奪ってしまったので、鬼となって由利姫の元に現れたのです。
由利姫が鬼になって、優しい優しいお清から菊を奪ってしまった、と言うのが有名な話ですが、本当の鬼はお清の方だったのです。
遠く離れた冥府でそれを聞いた菊は静かに涙を流しました。本当に愛するべき人を憎んでしまった自分が、菊は誰よりも嫌いでした。
今、彼らはどうなったのか?それは……
蘇った菊は亡き由利姫を想いながら一人、広い屋敷に住んでいるといいます。いつ、自分の運命の人が来てもいいように。
「今、菊さんの家にいるのは縦にも横にも遠慮なく増えた煩い男ですね」
アルフレッドさんの妹、ガーネットさんが苦笑しながらそう言ってきました。
「それでも、いいんじゃないでしょうか」
運命の人には変わりないのですから。言葉にせずとも想いが通じる人を、私は待っていたのですから。
「本当に、兄でいいんですか?」
「……善処します」
「それ、間違った回答ですよ?」
「クスッ」
ガーネットさんはしらない。自分の兄の、本当の魅力を。
最初のコメントを投稿しよう!