由利姫とお清

2/2
前へ
/2ページ
次へ
昔々、あるところに、由利姫と呼ばれる美しい女の子がおりました。その子の隣には、菊と呼ばれる青年がおりました。菊は、由利姫の護衛として、いつも付き従っていたのですが、ある時、由利姫が菊に護衛を辞めるようにと言ったのです。 「何故です?」 菊は、いつもの穏やかな口調で由利姫に問いました。由利姫は泣いていました。 「貴方のそばに、いたくないのです」 由利姫の言葉は、菊の胸に突き刺さりました。菊は由利姫のことが大好きだったからです。 しかし、命令ですから、聞かないわけにはいきません。菊は何も言わずにその場を立ち去りました。 それから数日。街は嫌な噂で溢れていました。「あの菊が死んだ」というものでした。それを聞いた由利姫は号泣しました。本当は、護衛なんかではなく、恋人として一緒になりたかったのです。素直じゃない物言いが、彼を苦しめてしまったのだと思うと、堪らなくなりました。 「貴女が彼を殺したのよ」 冷たい口調で由利姫に言ったのは、由利姫によく似た鬼でした。 「貴女が、殺したのよ」 その鬼の名前はお清といって、由利姫と同じく菊に想いを寄せていた女性でした。菊も、お清のことが好きでした。それなのに、由利姫が菊を、正確には菊の命を奪ってしまったので、鬼となって由利姫の元に現れたのです。 由利姫が鬼になって、優しい優しいお清から菊を奪ってしまった、と言うのが有名な話ですが、本当の鬼はお清の方だったのです。 遠く離れた冥府でそれを聞いた菊は静かに涙を流しました。本当に愛するべき人を憎んでしまった自分が、菊は誰よりも嫌いでした。  今、彼らはどうなったのか?それは…… 蘇った菊は亡き由利姫を想いながら一人、広い屋敷に住んでいるといいます。いつ、自分の運命の人が来てもいいように。 「今、菊さんの家にいるのは縦にも横にも遠慮なく増えた煩い男ですね」 アルフレッドさんの妹、ガーネットさんが苦笑しながらそう言ってきました。 「それでも、いいんじゃないでしょうか」 運命の人には変わりないのですから。言葉にせずとも想いが通じる人を、私は待っていたのですから。 「本当に、兄でいいんですか?」 「……善処します」 「それ、間違った回答ですよ?」 「クスッ」 ガーネットさんはしらない。自分の兄の、本当の魅力を。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加