忘れかけた遠い記憶

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深呼吸ひとつ。 心の耳に耳栓をする。 目は真っ直ぐ前だけを見る。 よし、できた。 すべての準備が整い、古くなった重い扉を体重をかけて引っ張る。 ぎぎぎがっ 誰かが来ましたよ。 この扉はそう広い室内に告げた。 習慣的というのか本能的というのか、部屋のあちこちに散らばっていた人間の視線が俺を貫く。 痛いけど辛くはない。 人間の環境適応力は並外れているな、と毎度この瞬間きづかされる。 誰かが俺のことを話そうが知ったことではない。 誰かが俺のことを罵ろうが俺が変わるわけではない。 誰かが俺を嫌おうが、構わない。 集団でしか誰かを罵倒できない奴らは弱者だ。 互いに寄りかかってしか存在できない哀れな奴らだ。 そんな奴らを相手するのも嫌になる。 俺は弱者じゃない。 かといって、強者かというと、それも違う。 俺は中間地点。 強くも弱くもない。 期待されることも、尻を叩かれることもない、一番楽なポジションだ。
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