第壱話:影に咲く花

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静まり返った深夜3時。  No.241201は老朽化の進んだアパートの階段を黙々と上がる。 悠麗荘と呼ばれるこのアパートは古びた土壁と畳で構築されている。 窓は風が吹くとガタガタ震え、畳を踏むと不安な音を立てて軋む。 科学が発展したこの世界において遺産とも言える建物に男は住んでいた。 だが、そんな建物でも人気こそないが、黒いローブはやはり人目につく。 普通なら近隣住人の中傷の声が聞こえてきてもおかしくはないのだが、それを抑える物が男にはあった。 黒いローブに白い線でプリントされた一輪の華。 これは男が、犯罪撲滅法特別執行組織 漆黒の華の一員であるという事を表しているのだ。 下手に文句を言えば睨まれる、そう思えばこのアパートから逆らう人物は誰もいなくなった。 だが、その皮肉かNo.241201の両隣には誰も寄り付かなくなっている。 当の本人は全くそれを気にしていないどころか、そちらの方が男にとって気分的に楽なのだ。  No.241201は黒いローブを脱ぎ捨て、灰色のジャージに着替えると冷蔵庫の中から茶色いガラスの瓶を取り出した。 中には宝石の様なカラフルなカプセル達が、窮屈そうに寄せ合っている。 満腹カプセル。 名前の通り“料理なんて腹に入れば全て同じ”という理論をそのまま実現させた物だ。 栄養士が食物から取れる人間に必要な栄養素を充実させ、満腹感を出す為に更に薬品を投入したという薬剤の宝庫である。 その内容から一般ウケはしないが、効率のよい栄養バランスが取れる事から軍人や科学者達からは重宝されているのだ。 「いただきます」 瓶から2粒つまみ、口にほうり込むNo.241201。 「……味は追求しないが……これはキツイ」 瓶の蓋をきつく閉めてベッドに飛び込んだ。 室内に電話のコールが鳴り響く。  No.241201は不機嫌そうに受話器を取ると、ゆっくりと耳に当てた。 「任務ご苦労だった。明日君に少し用事がある。明日の12時に迎えを向かわせるから、用意しとおいてくれ」 電話ごしから聞こえる老人の声。 「了解しました。ではおやすみなさい」 無愛想に電話を切ると辺りに静けさが包み込む。 そして、あらためてベッドに転がり込むと、男はそのまま眠りについた。
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