第壱話:影に咲く花

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冬が通りすぎ、本格的な暖かさを迎えて学生は新しい学年に心を震わせ、社会人はいつもと変わらぬ毎日を過ごしている。 夏ならばうだる様な蒸し暑さが襲い掛かり、冬になれば極寒の寒さに体も言うことを聞かなくなるアパートの中でNo.241201は寝ていた。  太陽の光がカーテンの隙間が差し込み、朝が来た事を知らせているが、実際は午前9時と朝と言うには少し遅い。 普通の会社員なら遅刻だと言いながらパンでも口に食わえ、会社に上司に愚痴を言われに走る場面が想像できるだろう。 そして30分後、No.241201は目を擦りながら起き上がった。 そこらじゅう跳ねた無法地帯となった髪に、顎に散乱した髭。 希望の光を燈さない黒い瞳と、自宅で朝遅くまで寝ているその姿はまるで自宅警備員の様だ。 「朝か……」 頭を掻きながらNo.241201は呟く。 そして、ゆっくりと立ち上がり無意識にテレビの電源を入れた。 そこにはちまたで妙な人気を誇る占いコーナーが映っていた。 『はいはい!今日の占い第一位は牡羊座!もう最高!貴方の今日は職場では最高の転機を向かえ、学校ではモテモテ、自宅警備員の人は家で1000円拾っちゃうかも!』 テンションの高いアニメ声のアナウンサーが、興奮気味に伝えている。 占いなどという非科学な物を信じる事はしない。 ちゃんとした科学的根拠に基づいて欲しいものだと、No.241201は溜め息をつきながら思う。 そして、ワイシャツと灰色のズボンを履いて洗面所に向かった。 伸びた髭を丁寧に剃り、髪をワックスでオールバックにするとそこには一介の青年がいた。 「後は飯か」 冷蔵庫に向かい扉を開けるNo.241201。 そこにはペットボトルの中に入った水と瓶だけがある。 瓶のフタを開けてカプセルを放り込み、水で一気に流し込む。 簡単に食事を済ますと、再びネクタイを閉めてスーツに袖を通した。 「これで完成だ」 鏡で姿をチェックしながらNo.241201は呟く。 すると、部屋に携帯のチャイムが鳴り響いた。  男が電話を取ると若い男が話しかけた。 「No.241201。車が来ましたのでお願いします」 「わかりました」 携帯をポケットに入れ、No.241201は外に出て階段を下りると、標識の前で案の定黒い4WDの乗用車が待っていた。 それにNo.241201が颯爽と乗り込むと、車はそのまま発車した。
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