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とある雨の日の夜。
真っ暗な路地裏でまたひとつ声が聞こえる。
「ああ、クソっ!なんてこった……」
頭が禿げ目に縫った跡のある男。
その後を黒い影が追い掛ける。
人込みに紛れようと商店街や繁華街を通りぬけていくが、人の数が少ない所に出ると闇の中からそいつは現れる。
「畜生!畜生!なんでだよ。なんで俺がこんな目に合わねえといけねぇんだよ」
返ってくる筈のない独り言を何度も繰り返す。
男は酒に酔い喧嘩相手を殴り倒してしまった。
昔なら警察が来て、刑務所に捕まって罰を受けるただそれだけだった。
刑務所に捕まっても、暴行罪ぐらいでは死ぬ事はなく、また青空の下で酒が飲めるだろう。
だが、今の世の中は男を含め罪人には生き辛く変貌していたのだ。
男の目の前に現れた影。
すらりと伸びた長身に黒いローブを纏い、堂々と立ち尽くす人影。
その手には嫌みに銃口を光らせている拳銃が握られている。
黒いローブを着た男は低い声で機械的に言った。
「犯罪撲滅法違反により貴方を連行します」
「馬鹿が!捕まってたまるかよ!」
男はポケットからナイフを取り出し黒いローブの男の胸に突き刺した。
やらなければやられる。
自分が捕まればその先に待っているのは死。
この男を殺せば少なくとも自分は生き残る。
そう思った男に神は許しをくれない様だ。
「それだけか?」
影は言った。
突き立てた物を恐る恐る引き抜く男。
その男の視界に映ったのは刃先の欠けたナイフ。
完全に男の頭の中の回路に異常が起こる。
ナイフが刺されば死ぬという常識をこの人物は打ち消したのだ。
「公務執行妨害でこの人物を射殺します」
「ちょっとま……」
男の声は乾いた銃声に掻き消された。
雨音に紛れて鈍い音とともに崩れ落ちる男。
水溜まりに真っ赤な血液が広がっていく。
だが、黒いローブの男はそれには見向きもせず、携帯電話を取り出すと誰かと話し始めた。
数分後一台の黒いワゴンが停車すると、中から出て来た男達が倒れている死体を運び、何事も無かった様に去っていった。
一人取り残されたローブの男。
降りしきる雨に打たれながらその姿を消した。
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