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虹の焦燥が手に取るように分かった土方は、不敵な笑みを引っ込めて射抜くような眼差しで虹を見遣る。
全てを見透かすようなその眼差しに虹は身を硬くした。
「お前が斬ったんじゃねえのか?」
やはりこれが聞きたかったのか。
「何を証拠に。
斬った斬られたの話に、すぐ私の名を出そうとするのは心外ですね。
言ったじゃないですか。
死者を思って何かする程、私は殊勝な心の持ち主ではないと」
虹はすらすらと言葉を紡ぐ。
確かな証拠は無い……。
その為、土方はそれ以上何かを言うことは出来なかった。
「佐伯さんは居ても居なくても同じような人だったんです。
今更あの人が死んで騒いでも遅いですよ。
まあ私は誰が死のうが死にまいが関係ありませんけどね。
全ては死んだ本人に否があるんですよ。
佐伯さんは辻斬りに殺されたということにでもしておけばいいんじゃないですか?」
すっかり気分を害された虹は「この話はお終いにしましょう。人の死を一々嘆いている暇は壬生浪士組には無いと思いますよ」と、抑揚ない声で強制的に話を打ち切ろうとする。
そんな虹に疑問を感じずにはいられなかった土方だったが、どうすることも出来ないので曖昧に頷く。
「それに、私なら一刀のもとに斬り伏せますよ」
そう言って虹は八木邸へと戻っていった。
独り言のような呟きだったが、何か引っ掛かる。
暫く考えて土方はハッとした。
どんな風に斬られたかなんて、俺は秋月に一言も教えてねえじゃねえか……!
なんであいつがそんな事を知っているんだよ……。
……私闘は許されない。
一瞬、土方の脳裏には「切腹」の二文字が過ぎったが、虹の一言だけでは確たる証拠とは言えない。
苦虫を噛み潰したような顔をしながら土方は、悠々と歩いていく少年の背中を見つめていた。
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