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看板を見上げるとそこには「大和屋」と記されている。 大和屋は生糸などを売っている豪商である。 何と無くではあるが、此処で芹沢が何を仕出かすのか分かった気がする。 芹沢は先陣を切って大和屋へと踏み出した。 それに続いて新見達が入っていく。 虹は最後尾から様子を窺うことにした。 「主人は居るか」 芹沢が大声を出すと慌てたように番頭が姿を現す。 「今日はどないな御用向きでっしゃろか?」 番頭の声が微かに震えている。 ごろつきの様な厳つい男がぞろぞろと上がり込んできたのだから、それも仕方の無いことである。 「我等は会津藩御預かりの壬生浪士組である。 少し軍用金を借りたいのだが、工面してくれるな?」 この言葉を聞いた瞬間、あからさまに番頭が狼狽する。 この手の押し入りが良くあるのか、番頭は口早に主人は不在であると芹沢に言った。 当時、急進的な尊王攘夷派の天誅組が、倒幕挙兵のため軍資金集めをしていた。 七月二十四日には、仏光寺高倉の油商、八幡卯兵衛のところに金の工面を談じ込んだが、断られたため卯兵衛の首を刎ね、三条橋に晒した。 傍らの立て札には「布屋彦太郎、同市次郎、丁子屋吟次郎、および大和屋庄兵衛らが私欲をもって暴富を積むを憎み、直ちに改悟せねば、やがて八幡同様、天誅を加えるであろう」と記してある。 自分の名があるのに顔を青くした大和屋庄兵衛は、天誅組と交わりのある者を仲介して、一万両を献金したという出来事があった。 芹沢は恐らく何処かからその話を耳にしたのだろう。 尊王攘夷派に金を出して我等に金を出さない訳が無い。 だから自分達も大和屋に乗り込み、金を出させようという魂胆なのが目に見えている。 しかし大和屋にしてみれば尊王攘夷派と佐幕派の双方から強請られてはたまらない。 そこで、すかさず主人は不在だと言ったのだ。
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