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麗らかな四月中旬、壬生浪士組の屯所である八木邸の門前では三人の浪士が簡単に作った机と椅子に腰を下ろして行き交う人々を眺めていた。 「誰も来ないですね」 困ったように呟くこの青年は藤堂平助。 すらりとした背丈に色白。少し狐目ではあるが中々の好青年である。 まだあどけない雰囲気は残すものの、一応壬生浪士組の副長助勤をつとめているらしい。 「焦らず待ってみましょう。 あれだけ色々な道場に売り込みに行ったんですからきっと誰か来ますよ」 藤堂の呟きを聞き取った穏和そうなこの男の名は山南敬助という。 二人いる副長の片割れだ。 荒くれ者が多く、剣だけが取り柄の田舎者集団と揶揄されている壬生浪士組には珍しく、文武両方に長けている人物である。 そして先程から与えられた椅子には腰を下ろさず、腕を組みながら門に背をあづけ無言を貫いている青年は斎藤一。 最年少で副長助勤をつとめている。 「会津藩御預かり」である「壬生浪士組」はその大層な肩書きがあるにもかかわらず、隊士が十五人しか居ない。 これでは格好がつかないと考えた局長が新入隊士の募集に取り掛かるよう一同に命を下した。 山南らは勿論、この場に姿がない他の隊士達も京だけでなく、大坂まで足を運び、町にある剣術道場に声を掛けた。 どんなに小さな道場でも必ず門を叩き、自分達を売り込んだ。 しかし「会津藩御預かり」になっても、つい最近まで「壬生狼」と後ろ指を差されていたのは巷でも周知の事実であったから、道場主たちは曖昧に頷いて後日門人を屯所に向かわせるとだけ言った。 一通り道場を回った壬生浪士組一同は屯所である八木邸に戻り、交代で新入隊士の到着を待っていた。 けれども一日一人来ればいい方で、むしろ誰も来ない日の方が多い。 今日も誰も来ないか、と落胆した山南は二人に撤収しようかと提案した。 藤堂は苦笑いしながら、斎藤は真顔で頷き、山南とともに撤収作業に取り掛かる。 そんな時、向こうから一人の少年が歩いてくる。 山南は独特の雰囲気を持つ少年に目を引かれながらも、行き交う人の一人だと踏み、大して気にすることなく作業を続ける。 しかし、その少年は山南の前で立ち止まった。
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