4/29
前へ
/890ページ
次へ
一同は作業を止め、少年の方に向き直った。 少年の年は十三くらいだろうか。 左目は黒い眼帯に覆われ目にすることは出来ないが、隠れていない右目には鈍い光が宿っていた。 綺麗に整えられた短く黒い髪、黒い道着の様な物に黒い袴を履き、黒い外套を羽織った全身黒ずくめの隻眼の少年に一同は、思わず息を飲んでしまう。 少年の放つ威圧感に一同はたじろいでいまったのである。 そんな三人を気にすることなく少年は山南を見つめる。 その手にはぐしゃぐしゃになった半紙が握られている。 それは隊士が手書きして道場に配っていたものだった。 「……これを見て来ました」 変声期前なのか少し高めの心地好い声色で少年は話す。 そして半紙を山南に差し出した。 「入隊希望者だね?勘定方志望かい?」 半紙を覗き込んだ藤堂が笑いながら少年に尋ねる。 少年は一瞬藤堂の言葉に面食らったようだが、直ぐさま冷静さを取り戻し、「いえ、平隊士希望です」とだけ言った。 今度は藤堂が面食らってしまう。 その華奢な体つきで刀など振れるものか。 藤堂の頭にはそんな言葉が流れていた。 少年の身長は藤堂と大して変わらなかったが、体の線は驚くほど細かった。 しかし、注意して見ると黒い外套の下には立派な大小が腰に差っている。 それを見た山南は満足そうに笑って少年に名前を聞いた。 相変わらず無言な斎藤は一歩引くようにやり取りを眺めていたが、その眼は確かに少年を捉えていた。 その眼差しは値踏みするような、探りを入れるような眼差しだったが少年は気にすることなく山南に返答した。 「秋月虹」 あきづき こう…… それが少年の名だった。 「済まないね。その年頃の子は募集していないんだ。 危険な仕事も多いからね。 勘定方なら入隊を許可するつもりだよ」 まだ若いのに大した度胸を持っているのは認めるが、山南は残念そうに少年を見遣った。 あと二年早く生まれていれば……。 惜しい人材だ……。 刀を握る者として山南は少年の威圧感をいち早く察知していた。 それゆえに少年が中々の腕利きだろうということは想像し易い。 けれども十五もいかない少年を血生臭い戦いには巻き込みたくはなかった。 戦闘に関わらない勘定方であれば快く入隊させたいが平隊士となれば話は別だ。 だから断腸の思いで少年の申し出を断ることにしたのである。
/890ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19024人が本棚に入れています
本棚に追加