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落ち着け、冷静になれ……。 虹は畳にぎりりと爪を立て、己に呼び掛けた。 「まだ役目は終わっちゃいない。 あたしには……まだ」 果たすべき使命が残されている。 上体を起こして虹は自らを叱咤し、沖田の腕を掴む。 その時、左耳から流れ出る虹の血が沖田の頬に落ちてしまう。 それが月明かりのお蔭で見えた虹は、優しく浅葱色の袖で沖田の頬を拭ってあげた。 未だに原田は虹達を呼んでいる。 「今行きます!」 下に向かって大きな声を出すなり、虹は沖田を背負うよう自分の両肩に沖田の両腕を乗せる。 しゃがんだ体勢から立ち上がろうと全身に力を入れると、尚一層腹から血が溢れ出た。 まさか自分より大きな男を背負うことになるなんて……。 困惑気味の笑みを零すと、何とか虹は立ち上がる。 虹より背の高い沖田の足は畳についたままだった。 力の無い虹が沖田の全体重を受けて歩くことは出来ない。 故に、虹は手を沖田の足には回さず胸の前にある両手首を掴み、引きずるように沖田を運ぶことにした。 一歩、また一歩、踏み締めるようにして廊下に出ると、騒々しく階段を原田が駆け上がってきた。 「総司!秋月! ……お、おい……総司……?」 大声を出していた原田だったが、虹に背負われた沖田を見るなり絶句してしまう。 「まだ死んではいませんよ。 沖田さんは暑さにやられただけです。 特に外傷もありません」 「はぁ……そうか。 お前は?お前は大丈夫なのか?」 原田は心配そうに虹を頭の先から足の先まで隈なく見遣る。 どうやら闇に包まれた廊下では、直に巻いた右腕の包帯は勿論、左耳の出血や腹部の出血は見えないらしい。 虹は何と答えようか考えた。 一瞬目を伏せてから原田を見る。 「大丈夫です」 そして安心させるように虹が微笑むと、原田は安堵の息を吐いた。 「すみませんが手を貸して下さい。 流石の私も沖田さんを背負って階段は下りられないので」 そして虹と原田は二人がかりで沖田を運ぶ。 沖田の両脇を原田が持ち、虹は足首を持って後ろ向きに階段を下りる。 「屯所に戻ったら八木家の人に椀一杯の味噌汁を貰って下さい」 階段を下りている途中、虹は突然口を開く。
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