19026人が本棚に入れています
本棚に追加
落ち着け、冷静になれ……。
虹は畳にぎりりと爪を立て、己に呼び掛けた。
「まだ役目は終わっちゃいない。
あたしには……まだ」
果たすべき使命が残されている。
上体を起こして虹は自らを叱咤し、沖田の腕を掴む。
その時、左耳から流れ出る虹の血が沖田の頬に落ちてしまう。
それが月明かりのお蔭で見えた虹は、優しく浅葱色の袖で沖田の頬を拭ってあげた。
未だに原田は虹達を呼んでいる。
「今行きます!」
下に向かって大きな声を出すなり、虹は沖田を背負うよう自分の両肩に沖田の両腕を乗せる。
しゃがんだ体勢から立ち上がろうと全身に力を入れると、尚一層腹から血が溢れ出た。
まさか自分より大きな男を背負うことになるなんて……。
困惑気味の笑みを零すと、何とか虹は立ち上がる。
虹より背の高い沖田の足は畳についたままだった。
力の無い虹が沖田の全体重を受けて歩くことは出来ない。
故に、虹は手を沖田の足には回さず胸の前にある両手首を掴み、引きずるように沖田を運ぶことにした。
一歩、また一歩、踏み締めるようにして廊下に出ると、騒々しく階段を原田が駆け上がってきた。
「総司!秋月!
……お、おい……総司……?」
大声を出していた原田だったが、虹に背負われた沖田を見るなり絶句してしまう。
「まだ死んではいませんよ。
沖田さんは暑さにやられただけです。
特に外傷もありません」
「はぁ……そうか。
お前は?お前は大丈夫なのか?」
原田は心配そうに虹を頭の先から足の先まで隈なく見遣る。
どうやら闇に包まれた廊下では、直に巻いた右腕の包帯は勿論、左耳の出血や腹部の出血は見えないらしい。
虹は何と答えようか考えた。
一瞬目を伏せてから原田を見る。
「大丈夫です」
そして安心させるように虹が微笑むと、原田は安堵の息を吐いた。
「すみませんが手を貸して下さい。
流石の私も沖田さんを背負って階段は下りられないので」
そして虹と原田は二人がかりで沖田を運ぶ。
沖田の両脇を原田が持ち、虹は足首を持って後ろ向きに階段を下りる。
「屯所に戻ったら八木家の人に椀一杯の味噌汁を貰って下さい」
階段を下りている途中、虹は突然口を開く。
最初のコメントを投稿しよう!