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激しい攻防の応酬に外野は目を見張っていたが、斎藤はそれどころではない。
いつも冷静である筈の自分がすっかり熱くなってしまっている。
必死に頭に昇る血を逆流させようとするが、それは無理な話のようだ。
秋月虹という少年には不思議な力があるのか、自分の能力以上のものを引き出されそうになる。
俺はこんなに素早く刀を振るはずがない……。
俺はこんなに素早く相手の攻撃を見切れるわけがない……。
明らかに可笑しい自分に斎藤は困り果ててしまう。
しかし虹は相変わらずの真顔で竹刀を振るう。
虹は虹で斎藤の余りにも重い一撃に何度も手を痺れさせているのだが、そんなことは微塵も顔に出さない。
虹の心中もまた穏やかではないのだ。
凄い……!
攻撃が速過ぎて、ついていくのが手一杯だ。
斎藤を一瞥してもその顔には余裕すら見える。
斎藤が何を考えているか分からない虹はただただ感心するばかりである。
お互い表情が顔に出ないたちなのか真顔で攻防を繰り広げていた。
斎藤が虹の喉元を突こうとすれば、虹は素早く首を傾げて回避し、
虹が肩に打ち込もうとすれば、斎藤が竹刀で受け止める。
「……凄い」
藤堂は思わず感嘆の声を上げてしまう。
虹はもう、どれくらい時間が経っているのか分からなくなってしまった。
そのうちに虹の息は上がってきてしまい、対する斎藤の呼吸は乱れていない。
もうすぐ勝負は付きそうだった。
勝機が見えた斎藤は虹の鳩尾を薙ぐように竹刀を叩き込む。
勿論寸止めするつもりだ。
しかしその刹那、虹の目つきが変わった。
それは対峙している斎藤だけが目視できたことで、虹の背しか見えていない山南と藤堂には見えていない。
黒耀石のような瞳には急に光りがなくなり、その凍てつくような眼差しには寒気さえ感じる。
斎藤は不覚にも一瞬怯んでしまった。
その所以で寸止めすることを忘れてしまう。
虹は自分の鳩尾に竹刀が打ち込まれる寸前で斎藤の喉元に突きを繰り出す。
なんとか斎藤は虹の一撃を回避したものの、自分の竹刀には確かな手応えを感じてしまった。
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