0:目醒めの呪文

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ある日、久しぶりに父が家に帰ってきた。 私を見て、父は一瞬苦い表情を浮かべた。 「お帰りなさい、お父さん」 「ん…、あぁ…。………………その…、元気にしているのか。学校は?」 「元気。学校は…楽しいよ」 ……ここに居るよりは。 「…そうか」 父との久々の会話はこれで終わってしまった。 気まずい空気が流れ出した。 特に探すでもなかったが、共通の話題も出てこなかったので、一言短く挨拶し、自室がある2階へと向かった。 部屋のドアを確実に、完全に閉め切る。 1階の“物音”全てが聞こえないように。 …母が帰宅すれば、どうせ喧嘩が始まるに決まっている。 喧嘩が発展していく内に母はヒステリックになる。 あの声を聞くのも、嫌。 それをただ黙って傍観している父の冷めた顔も、嫌。 (いい子にするから。だから喧嘩しないで…) それから時は流れ、いつしか1人の世界に入り込むようになっていた。 この世界の父や母はとても仲がいい。 みんな笑顔。 父は毎日帰ってきて、ゴハンを食べる時はみんな一緒。 柔らかな空気が食卓を囲む。 (…ずっと…ここに居たいなぁ…) 《――――だめ》 「――…?」 何?今の… 空耳? 耳を澄ます。 …階下は物音ひとつしない。 当たり前だ、今、この家には私1人しか居ないのだから。 自分以外の声など聞こえるはずがない。 《聞こえたの?ワタシの声》 「!!」 思わず私は立ち上がっていた。
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