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男はそんな沙羽の本心なんか解るはずもなく、落ち着かない沙羽に対してやっぱり変な女だと思い改めると、取り敢えず、申し出てくれたその厚意は有難く受け入れる事にした。
「…それは助かる。…じゃあ、風呂場、使わせてもらうよ。」
そう言うとバスタオルを受け取り、ソファーに両手を突いて立ち上がろうとした。その時だった。
思えば、沙羽の運転していた自動車と接触して倒れた時から何となく左の肘に違和感は感じてはいたのだが、たった今、立ち上がる為に体重をその腕にかけた瞬間、電気が走る様にして痛みが走り思わずバランスを崩してしまったのだ。
「わ、あ、あぶっ!!」
男が自分に向って倒れこんできたのに驚いて、奇声を上げた沙羽だったが、咄嗟に腕を差し出して男の体を支えると、ずしッとくる男のその重量感に耐えられるよう左足を後方に引いて男を受け止めた。
ドクンと跳ね上がる沙羽の胸の鼓動。
沙羽と男の、お互いの濡れた服の上から伝わってくるその男の体温。
そして、濡れているその肌から蒸発するとともに広がり鼻腔を擽るその男独自のその香りは、一層と増して、沙羽のその胸の内を熱く熱く燃え上がらせる。
いやん、胸筋意外と逞しいのね…
沙羽が改めてこの男をタイプだと確信して、その腕に力を加え、その抱き心地を堪能しようとした時、「すまない」と言って男は沙羽を引っ剥がした。
もう少しそのままで居たかった沙羽は少しだけ残念に思いながらも「もしかして腕も痛めたの?」と男に問うと、男は、「その様だ…でも多分捻っただけだと思うから大丈夫だろう」と言って、あんたは余計な心配をしてくれなくていいと、更に付け足した。
浴室の方向に踵を返したその男の高い壁を隔てる様なその素っ気ないその態度は、沙羽に俄かの寂しさを感じさせたのだったが、その想いが今度は反発力を生むと、もっと彼の事を知りたいと云う強い想いに変わり、益々その男に対する興味を唆らせていく。
「じゃ、じゃあ、一応、応急手当ての準備はしておくから!!」
その場から男に聞こえる様に声を上げてその言葉を発すると、廊下の方から浴室の扉だろうその扉の閉まる音がバタンと響いた。
しばらく音がした方に熱を帯びた視線を向けていた沙羽は、久々のこの抑揚する気持ちを落ち着かせる様に息を整えると、「よし」と意気込み、男が上がってきた時の為の準備をし始めた。
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