行き摩りの?

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雨は一段と激しさを増していた。 窓の向こうに、いつも見えているはずの街の夜景は、この雨ですっかり覆い隠されていて、窓ガラスには激しく雨粒が叩きつけていた。 それはまるで、鼓笛の様に雨音と行き交う車のエンジンの音とが混ざりあって、暗く沈む闇に響き渡る。 その向こうの闇で、時折光って浮かび上がる稲妻は、例え離れた場所だろうが、数秒後にはそれなりの雷鳴を轟かせてその存在を世間に知らしめていた。 その雷の音で目が覚めた沙羽は、ベッドにいたはずの男を暗闇の中で探すと、次に光った稲妻で、出窓に軽く座って、外を眺めている男の姿を確認した。 男を確認すると、沙羽は、さっき迄の男の顔を思い出す。 時折表情を崩したが、一貫して、どこか遠くを見ている様で、その男の感情は一切見えてこなかった。 沙羽が、そんな男の顔に何度か手を伸ばして、頬に添えて見つめると、一瞬怯んだ様な目を見せた男だったが、すぐに沙羽の柔らかい胸元に顔を沈めた。そんな最中の薄れゆく意識の中で、沙羽は、今、目の前にいるこの男は、一体、何をそんなに怯えているのだろうか…。 そう思った。 数週間前までの厳しかった寒さは、だいぶ和らいできてはいたのだが、春先のこの季節に降るその雨は、今も尚、気温をぐんぐんと下げていた。 お陰で包まる羽毛布団の中は、とても離れ難いほど心地よかった。 なのに、暖房も点いてなく、寒いはずなのにその男は、じっと外を眺めたまま動かないでいるのだ。
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