行き摩りの?

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なんだか声をかけたらいけない、そんな気がしていた沙羽が、布団の中で男の様子を伺っていたその時だった。 次の稲妻が空で光った。 その稲妻の光で僅かに照らされたその男の顔に、沙羽は意表を突かれてしまった。 あれ? その男が、表情を変えずに目から涙を流して泣いている様に見えたのだ。 沙羽は、見間違ったのかと思うと、目頭を軽く指圧して瞬きを数回繰り返した。 そして、もう一度男に目を向けて目を凝らし、男をまじまじと見つめ直すと、また、空を光らせる稲妻が走って、その男の顔が照らされた。 やはり、沙羽の見間違えではなく、男は泣いていたのだ。 頬を伝う涙が、差し込む薄明かりと稲妻の光に反射されて、その顔に輝く一筋の線を浮き上がらせていた。 そして、その頬から顎へと伝って行って、雫となったその涙は、窓の外で降りしきる雨と同じ様にして、次から次へと降り落とされていっていた。 沙羽は雷に打たれたかの様な衝撃を受けてしまった。 昔から『袖振り合うも多生の縁』とは、よく世間で言われてはいるが、事故に合わせた男が、自分の好みのタイプの良い男で、うちに招いて手当を施し、願ってもない特別な関係にもなれて、その上、男が涙を流して泣いているのだ。 何の縁なのか、どんな縁なのかは知らないが、この一人で泣く可哀想なこの男に、手を差し伸べて、抱きしめ、慰めてやれるのは、今、私しかいないではないか。 そこまで思い至った沙羽が何も身に付けないままゆっくりとベッドから出て男の元に歩いて行くと、驚いて此方を見上げた男は「えっ」と、短く小さな声を上げた。 沙羽はその男に両腕を伸ばし、自分の胸元に男の顔を押し当て受け止めると、優しく包み込むように抱きしめた。 「大丈夫よ…」 沙羽は自分の胸元に、その男のひんやりとした涙の感触に気づくと、さらに力を込めて抱きしめてもう一度、その男にだけ聞こえる様に小さく呟いた。 「大丈夫…」
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