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酷く降り続けたあの雨で気温が一気に下がると、一時は世間の間で冬が戻った様に冷えると皆が口々にしたが、それも落ち着いてくると、再び空は春の訪れの演出を再開し始めた。
そんな中巷ではあの大雨の後にL県A市北区の山中で発見された男の死体で大騒ぎになり、警察関係者も報道関係者も、容疑者と事件の真相を追って慌ただしく走り回っていた。
テレビを点けても各報道番組が、「殺害と死体遺棄容疑での視野で捜査を進めている」といった放送を行っていた。
沙羽は休日を利用して沙羽の住む街B市の隣、丁度その事件のあったA市で、北区の隣の東区にある沙羽の実家に帰省していた。
リビングルームのソファーで、毛布に包まってテレビを見ながらダラダラと過ごしていると、荷物を取りに帰って来ていた沙羽の父親、聡と会うことが出来た。
「帰って来てたのか。」
「うーん」
沙羽が気怠そうに返事をした。
「また、忙しい母さんを迎えに使ったのか。まさかまた、掃除もさせたんじゃないだろうな。」
「う、…………ううん………させて、んん……」
「………」
「…………くかー…」
沙羽は態とらしく鼻と喉を鳴らして寝たふり始めた。
「また下手な狸寝入りか。お前は相変わらずだな。母さんは家政婦じゃないんだ。只でさえ仕事で忙しいのに、右折が出来ないならバスを使え。自分のうちの掃除くらい自分でしろ。ゴミは出してるか?…………(云々)」
塵も積もって山の様に溜まった、"娘と話したい気持ち"と"要件"が、説教という形となって、止め処なくその聡の口から溢れ出してきた。
「あー、うん、あー、うん、あーあーあー。」
沙羽は耳を塞ぐと毛布に頭まで包まって、声を出してその聡の言葉を遮った。
そして、呆れた聡が口を閉ざした頃、毛布から顔を出した沙羽が「お父さん仕事で着替え取りに来たんでしょ?」と言うと、「ああ、そうだった。」と言って、聡は手に持ったバッグから洗濯物を出し、洗面所に向かった。
ため息をついて天井を仰いだ沙羽。
あの日以来、沙羽の心にはぽっかりと穴が開いた様で、何をしても思い出すのは、あの日、沙羽の心を満たし、その心を掴んでは離さなかった、あの男の事ばかりだった。
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