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「なあ、あの日も雨だったの覚えてるか?」
呟く様に尋ねた男は、真っ暗な空を見上げると煙草の煙を吐いた。
その目は何を捉える訳でもなく、只、過ぎ去った過去を見つめていた。
もしかしたら男は、力のなかった遠い昔の自分を見つめていたのかも知れない。
もしくは、たった一人残して消えていった、愛した者達を思い出していたのかも知れない。
力のない弱々しい様相を浮かべる男は、溜め息を洩らした。
そして、視線を足元に落とすと再び口を開く。
「覚えて…ないよなあ。あんた、頭悪そうだし。」
さっき迄の弱々しい様相から一転、相手を凍てつかせる程の冷笑を浮かべると、口を聞かないその相手を見つめるとそこにしゃがみ込んだ。
「ま、もう直に雨が降るからさ、その雨でゆっくり思い出してよ。時間はまだあるからさ。」
「それじゃあ」と言って立ち上がった男は、踵を返して歩き出し、吸いかけの煙草を後方、相手のいる方に投げ捨てた。
「バイバイ」
別れの言葉を残して、男は暗闇に消えていく。
その場所に残された煙草が、微かに煙の線を描きながら天に昇っていく。
「んん、んんん…」
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