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その、捨てられた煙草のすぐ先には、口を塞がれて声の出せない男の顔があった。
男は、最早相手には届かない、受け入れられる事もない、言葉にも出来ないその嘆願の声を、上げずには居られなかったのだ。
何故なら、口を塞がれた男のその身体は、沼の浅瀬ギリギリの所に首の所まで埋まってしまっているからだ。
『もう直に雨が降る』
その事実は、この男に何れだけの恐怖を与え、堪能為せた事だろう。
足掻いても足掻いても、この状況から打開することも出来ず、男はもう、手足を措く所なし…その言葉通りの状況下にあった。
一体彼奴は誰なんだ?
自分を憎む人間なんて、数えきれない程いる。
───『なあ、あの日も雨だったの覚えてるか?』────
先程去った男が口にした言葉を思い出し、そして記憶の引き出しを片っ端らから開けていく。
そう為なければ、この怖気を紛らわす事が出来なかった。
立ち並ぶ木の隙間から見える空は、時折光って雷雲がすぐ近くまで来ている事を知らせている。
この、もうすぐ降りだそうとする雨は、直ぐにでも豪雨となり、少なくとも三日は止む事はないだろう。
朝方点けていたテレビに映る女性の天気予報士が、そんな事を告げていたのだ。
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