手伝って付き纏われて

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  その時、声がした。   「お、爺さんの手伝いするなんて。お前にも甲斐性があったんだな。」   ぴたりと、篠霧は足を止めた。 少し眉をひそめて篠霧は振り返る。   視線を下ろすとそこには、いつの間にか黒い犬がいた。 ぴんと立った三角の耳に、垂れた尻尾。お座りして、篠霧をじっと見上げる瞳も漆黒だった。   「……わざわざ嫌味を言うくらいなら出てくるな、玄。」   その篠霧の言葉に、玄と呼ばれた黒い犬は漆黒の瞳を細めて笑みを作った。   「これは挨拶さ。飽きもせずこんな田舎にくる物好きに対する、な。」   玄が口を開くと、その口から言葉が発せられた。 見た目が犬の玄が言葉を喋っても、篠霧は驚くことはない。 慣れだ。   「……ここまで頭にくる挨拶はない。」   吐き捨てるように言ってから、篠霧は前を向いて歩き出した。 玄はくつくつと犬らしからぬ様子で喉を鳴らして、とことこと篠霧の後を付いていった。   玄は、篠霧がよくこの田舎に訪れるようになってしばらくして突然現れたのだ。それは初め篠霧も驚いたが、玄の生意気な性格に若干諦めを感じて今に至るのだ。   「だいたい、なんでいつも私に付き纏うんだ。」   やつれたように篠霧が言うと、玄は尻尾をひょんと振った。   「そりゃ、篠霧が俺のことを敬うようにするためさ。俺は妖ものの中でも上位に値するんだぞ。そんな俺をお前はぞんざいに扱うから、いつか負かしてやろうと色々弱点を見つけたり策を立てたり。」   「だからって、ストーカーまがいのことをするやつをとても敬う気にはなれないんだが。」   やれやれと篠霧は肩を竦めた。   「……それに、民家の屋根から情けなく落ちてきたやつが、本当に上位なのか?きっと間違ってるだろうから訂正した方がいいと思う。」   うっと、玄は言葉に詰まった。 そう、玄が現れたのは時期も突然だったが仕方も突然だった。   篠霧が祖父の自宅の縁側で寛いでいる時に、屋根からぼとりと、玄が背中から落ちてきたのだ。 なんとも微妙な登場だった。   二の句が継げない玄を尻目に、篠霧は夏の青空を見上げた。   「……見た目も仔犬だしな。」   「仔犬じゃない。成犬の二歩手前だ。」   なにが違うんだと、篠霧は呆れた。   なんだかんだ言って、玄は妖という人外のものであるらしいが、悪さはしないし、篠霧も追い返すことに疲れてもう何も言わない。  
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