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「ちょっと、司令部に行ってくる!!」
テレタイプと携えた紀藤は、彼が陸軍に対して唯一コネを持っている高級参謀・第一課長の田村義富陸軍中将元へ行くと川島に伝ると、ドカドカと床を鳴らし部屋を出て、満州国軍と共同防衛の為、関東軍を解体し再編成された満州派遣軍司令部へ向かった。
「はい…」
川島は、自分が部屋に入ったときの紀藤と、彼が出て行くときの紀藤の差に唖然としながら、ラジヲが流れる部屋に取り残された。
満鉄本部から出た紀藤の頬に、涼しく乾燥した大陸の八月の風が当たり、気持ちがよかった。
満州派遣軍司令部は近いために、紀藤は大同大街を清々しい気持ちで歩き出す。
通り過ぎる人々は様々で、満州族は勿論、朝鮮族、日本人、ロシア人、ユダヤ人、南方から来た支那人など、国際色豊かな都市を象徴するかのようだった。
紀藤は、並木の影を伝って歩く。
木々の葉が風に揺らされて音を立てるのを、久々に聞いたような気がした。
満州に来てからは、何か切羽詰まった様に行動していたからである。
試作機を組み立てるための工廠の確保や、飛行場の確保、その他諸々の調整のために、単身ずっと走ってきたのだ。
満鉄に食い付き、現地満州軍や陸軍にも食い付いた。
よくも生かされているものだと思ったこともある。
ホルテン兄弟が見つかったという報告だけで、これほど気持ちが楽になると思わなかった。
これからが一番の峠かもしれないが、今は祝宴を開きたいほど嬉しかった。
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