大陸

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紀藤は、男盛りの29歳とは思えないほど色白の細身、顔の輪郭に至っては頭蓋骨に皮が着いているだけの完全に事務方の形相であるが、目はギラリとしている。 丸い眼鏡を掛けているが、視力は全く悪くはない所謂、伊達眼鏡だ。 同僚や職場の人からは、なぜ眼鏡をと聞かれる。そのたびに、技術者は眼鏡を掛けるものだと言う。 自分の中では、【技術者】像が確立されているのである。恩師である堀越二郎技師に身なりをきちんとしない奴に、ろくな仕事は出来ないと言われてから、身だしなみには細心の注意を払っており、どんなに暑くてもネクタイと背広は、乱さない律儀な男でもある。 見かけからは、感じ取れないが心の内は常に闘志が漲っており今回のHo229に関しても社内や研究所内更には、国防府にまで押し掛けるほど自分の筋を通す。 内地でHo229の重要性を説いて廻っていたときには、【十戒を手に入れたモーゼ】と揶揄されるほどであった。 本人も【モーゼ】と言われる事には、抵抗を感じておらず。モーゼの様に海を裂いて、満州に来たと満鉄の職員や陸軍将校に触れ回っている。 「紀藤さん!!」 ラジヲの放送を遮るように、勢いよく一人の垢抜けない声をあげて部屋に入ってきた。 川島静夫(かわしま しずお)紀藤と同じ東京帝国大学工学部航空工学科出身の後輩である。 川島技師は、川西航空機で清水三郎と共に自動空戦フラップの開発に携わっていたところ、【補助操縦装置】に明るいことから、帝國科学技術研究所から声を掛けられ、紀藤と共に満州に渡ってきたのである。 川島は、右手に持っていたテレタイプの紙を紀藤に、まだ20代半ばの笑顔を見せながら渡す。 紀藤は、受け取り発信先を確認すると三菱商事ドイツベルリン支店からのテレタイプだった。 紀藤は、初めて吸いかけの煙草を灰皿で消しテレタイプに目を通す。 文面は、全てドイツ語だった。
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