大陸

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一方の紀藤は、意気揚々と満州派遣軍司令部のある庁舎の前まで歩いてきた。 満州派遣軍司令部は満州国軍國防省内にあり、平時の作戦統制権は満州国軍が単独行使するが、有事の際の戦時作戦統制権は帝國満州派遣軍と共同行使する。 これも、かつては制度上のみの存在であった満州国軍が、関東軍の解体により一国の軍隊として自立した、何よりの証拠である。 これまでは、満州国軍の上将(大将)に対して、階級が下の関東軍軍人が尊厳を蔑ろにすることがあったが、今の満州派遣の軍人で、あからさまにそのようなことをする者は少なくなった。 「身体好尼(お元気ですか?)」 紀藤は、正門で警備する顔見知りの満州国軍兵士に軽い挨拶をして敷地内に入る。。 もともとは関東軍司令部でもあった満州国軍國防省庁舎は、帝冠様式で現代的な建築物に、日本の伝統的な屋根を載せた非常に独特な建築である。 紀藤は、この種の建物のユニークさはあまり好きになれないが、なにかと懐かしさを感じるこの屋根だけは評価している。 満州国に日本らしさが残る所と言えば、この屋根ぐらいなのである。 エントランスは吹き抜けになっており、正面には赤い絨毯のひかれた大きな階段が全面に押し出でくるようだった。 紀藤は、制服を着ている軍人と対照的な背広姿で階段を上る。 階段は中段で左右に分かれており、右側が満州派遣軍司令部、左側が満州国軍司令部と国会議事堂のように分かれている。 二階のフロアの入り口には警備詰所があり、二式突撃銃を構えた威圧的な警務兵が立はだかっている。 「貴様、用件はなんだ。」 警務兵は、紀藤を上から下までをじろりと鋭い視線で睨む。 「田村義富中将にお会いしたい!」 睨んでくる警務兵にむしょうに腹が立った紀藤は、これでもかと胸を張り、どうだと言わんばかりに強い口調で用件を言った。
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