大陸

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紀藤の威張った態度に、警務兵は怒り通り越して苦笑してしまった。 田村義富中将は満州派遣軍の高級参謀であり、第一課長でもあるのだ。 満州派遣軍の下士官兵にとって、田村中将は神にも等しい存在。 その中将に、一人の冴えない民間人が、面会したいと大威張りで言ってきたのである。 「紀藤祐嗣!が来たと伝えてくれ!」 紀藤にとって、苦笑され馬鹿にされていることは最早どうでもよく、一刻も早く田村義富中将に面会したいがために、警務兵にすがる思い自分の名前を伝えた。 「分かった、分かった。」 警務兵は、詰所に入り黒電話で誰かに確認をとっている。 紀藤は、詰所の中で電話を片手に、目の前に上官が居るかのように直立不動で、最敬礼のお辞儀をする警務兵を見て、改めて軍隊規律の厳しさを思い知らされる。 詰所から警務兵が出てきて、許可が下りたと言われると、紀藤は三階にある参謀本部に案内された。 前線から遠く離れている、いわゆる「後方」と言われる地域の担当をしている満州派遣軍司令部だが、やはり何か物々しい雰囲気を醸し出している。 重厚な木製の扉を開けると、そこは大きな部屋で、部屋の中央に巨大な机がある。 また壁際には、無線機や電話で埋め尽くされ事務机が並んでいた。 更に奥に進むと、別室につながる扉があり、表札には、【第一課長室】と掲げられている。この部屋が、田村義富中将の居る部屋なのである。
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