四 キスで目覚めた姫と王子

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  幼い少年と一人の少女が微笑んでいた。     病室、としか表現できない白い空間の奥には一つのベッドがあり、そこを中心に様々な医療器具と思しき機械や道具が所狭しと並べられている部屋で、二人は確かに微笑んでいた。     黒髪の少女はベッドに腰を据え、少年は椅子に腰を据えて。     他愛のない話をしながら、二人は終始楽しそうに笑っている。     この光景に覚えがあった。つい最近まで忘れていたけれど、自分はこの光景を鮮明に知っていた、思い出していた。     少年は自分で、少女は渉。悪夢の出来事が起こる数分前の情景。 今、胸を突き刺すこの刄は罪悪感というより後悔の極致だと思う。     あどけない顔で笑む自分の姿に黒い感情が滲む。まもなく、この少年は彼女をこの病室じみた部屋から連れ出すのだ。     いっそここで自分を殺せば、彼女は死なずに済むんじゃなかろうか。     手は糸で操られたマリオネットのように自動的に幼い自分の首に迫る。が、自分の手が少年の行動を抑止することは永久に無かった。     悪夢を知る自分はここにいない。ひたすらに空を切る手をグッと握る。     そして自分は、幼い自分は遂に"あの話"を切り出した。 養子に出されるのを回避する為、ほとぼりが冷めるまで家出をするから暫らく会えなくなるという話。 少女の目が、不意に陰る。それに気付いた過去の自分が、どうしたの? と声を掛けると少女は憂う顔に笑みを張り付ける。 『眠りの姫は、王子様のキスで目覚めるんだって』     キス? と、首を傾げる少年に少女は笑顔のまま続ける。     『絵本で読んだの。あたしが醒めない眠りに附いたら、起こしてくれる?』     それは自虐的な笑みだった。少年はそんな笑みを見ているのが嫌で、たまらなくて、キスの意味も眠りの意味も解らないまま深く頷いた。     少女はフッと目を細めると、キスは一緒にいないと出来ないからと前置きして。     『あたしも連れてって』     手を伸ばした。少年は、それで少女の影が晴れるなら、と手を取った。     「いっちゃ、ダメです」 そして、そのまま二人は立ち上がる。     「ダメです、そこから先には不幸な未来しかありません!!」     制止の声が二人に届くことはない。無情にも扉は開け放たれ、二人はパタパタと駈けていく。  
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