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対して、恭也は僕から背を向けて煙草の紫煙を撒き散らすだけ。
それからしばらくの沈黙の後に、しゃがれた声で、
「……黙れ。死ね。こっち見んな。この道場が汗臭くて気に喰わねぇんだよ」
まったくもって不器用な奴だよ、お前は。
僕はスイッチを切って嘆息する。道場の壁に背をよりかけて、近くに転がった眼鏡をかけなおす。それから、目を閉じて恭也に訊いた。
「なんとんなく匂いが違うような気がするが、今日は(煙草の)銘柄違うのか?」
「黙れっつってんだ。妙なところで変な勘働かせてんじゃねぇよ」
相変わらず背を向けたまま立ち尽くす恭也は、ひとり言のように──いや、実際にはひとり言なのだろうけど──続ける。
「わざわざ俺様の分も買わしてんじゃねぇよ、テメェは。何様のつもりだボケが」
なんとなく、声をかける気にもなれない。どうせかけても無視をされるだろうし、僕は切れた唇を舐める。いい具合に火照った体に痛みが走るが、これも含めて今は心地いい。
お互いが口を閉じてから五分ほどの時が流れた。不意に、恭也が振り向いて僕に一枚の写真を手渡す。
「これは?」
「いちいち詮索入れんな。ただの敵だ。近日中にそいつの住所と通学路調べとけ。《ナイトメア》との“死合”はそれからだ」
ほとんど気付かないくらい赤くなっている目元を狂喜に細めて、口の端を狂気に歪める。それこそまるで、猛禽類のように。
思わず悪寒。全身の毛が隈なく逆立った気分だ。
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