第1章

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はぁはぁと跳ね始めた呼吸。 カツカツとテンポの早くなる靴音。 これらが混じり合って人気の消えた薄暗い廊下に響く。   放課後を大きく過ぎた。 時刻は夜八時。   定期テスト直前という時勢も手伝って、校内は既に無人と化していた。   一心不乱に駆けているのは、やや小柄な生徒。 曽根川ひかる。二年生。   短く切り揃えた髪に、ショートパンツという格好がマッチし、どことなく中性的な雰囲気がある。   私立白桃学院は、長い歴史と近隣一の規模を誇る学校だ。 当然生徒数も多く、それに比例してクラスも多い。 となると校舎も大きく、従って廊下も長くなる。   「風が吹けば桶屋が儲かるんだってさ」なんて言う意味不明な理屈よりは、よっぽどシンプルで納得できる。 しかし、この状況では喜べない事実。 直線勝負では、あっちの方が速い。 徐々に距離を詰めてきているはずだ。   「大丈夫、逃げ切れる」 自身に言い聞かせるように呟く。   掛け持ちとは言え、陸上部で鍛えている足は伊達じゃない。 無駄のないフォームで、ただひたすらに走る。   廊下の七割を越えたところで、ちらりと後ろに視線を投げた。 追跡者は予想以上に迫っていた。差は五メートルほど。   追跡者のフォームは理想的な短距離ランナーのそれだった。 膝を高く上げ、力強く地面を蹴る足。 胸元まで上げた手はリズミカルに前後し、上体のブレも殆どない。   ふと目があった。 ひかるの背中を悪寒が高速で駆け下りる。   追跡者はやはり異様だった。 嫌味なほど柔和な笑みを浮かべた顔。 髪は古風な髷スタイル。 腰には大小二本差し。 肌も服も青銅独特の青緑。   彼こそ江戸時代後期の学者で、この学院の母体設立に尽力したと言われる白桃院なにがし。 正確な名前なんて、この状況で思い出せるものではない。 もちろん、二十一世紀の今では故人になられて久しいし、普段なら校庭の隅に立っている地味な銅像様だ。   「ひかるさん、準備万端整いました」 耳に入れた無線機に甲高い声が飛び込んできた。  
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