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昔話はこの辺にしておきましょうか。
雅伊様は世良式部の寝所に入ると横になっている世良式部の元へと駆け寄り、細い手を取りなさりました。
「ぁ、雅伊、様…っ!」
話そうとすれど、世良式部の胸は激しく痛み、それが叶わないのです。
「話しては駄目だ。そなたが苦しむのを見たくない…」
雅伊様は苦し気に言いなさって、世良式部の手を強く握りました。
「そなたと変わってやりたいくらいだ」
「私に情、けなど…最期まで、憎めな、い方」
雅伊様は自嘲的に笑いなさるのを、世良式部はどう思っていたのでしょう。
「情けなどではない。私はそなた…世良平周(せらのひょうちか)を愛している」
「っ…」
世良平周、世良式部の本名です。
親や兄弟以外、本名は知らないはずで何故雅伊様が知っているのだろうか、と世良式部は内心思っていました。
「私はお前を愛してるんだ…」
世良式部は馬鹿なお方だと言おうとしました。
が、出た言葉は違ったのです。
「私、もお慕い申し、ておりま、す」
「ま、ことか?」
雅伊様は驚かれてしまいました。
素っ気ない返事しか返って来なかった愛しい相手からの言葉。
微笑む世良式部はとても綺麗で、雅伊様は見惚れてしまいました。
奏子様に背くのは許されないこと。
だから、生まれ変わったときは私を探してくださいね。
女なのか男なのかは分かりませんがね。
ああ、愛しき人よ。泣かないで。
それだけを言うと、世良式部は静かに目を閉じました。
月が綺麗な、その明かりに桜が映える夜でございました。
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