春景

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* * 黒いスーツを着て、桜の木の下で座り込む。 * * 火葬場の近くには、どうしてこんなに桜が咲き乱れているのだろう。 * * 散り始めの木には薄緑の葉が見え始めていた。 * * * 何もかもが早く進んだ。 * * * 通夜、葬儀、火葬。 * * * 全てに出席し、全てで渦巻く泣き声を聞きながら、真哉は誰とも話さなかった。 * * * * * 火葬が終わって、皆が帰っていく中、作業を続ける火葬場の係員の側で、真哉は無言で立っていた。 * * * 骨壺以外の骨は、捨てられてしまうのだと知っている。 * * * だから、最後まで見ていたかった。 * * * * * もしもあの時、あの係員の目に、風で舞い上がった灰が目に入らなかったら、こんな狂気じみたことにはならなかったかもしれないのに。 * * * * * 桜の木の下で、ポケットに手をそっと入れる。 * * 握り締めたら押しつぶしてしまいそうな、軽い感触が指先に触れる。 * * 抜き出した手のひらに、白い骨が乗っていた。 * * どこの骨なのかは知らない。 * * ただのゴミみたいに、捨てられるための入れ物に押し込まれる寸前で、見もせず掠め取ったものだから。 * * その小さな破片を見つめる。 * * それが、彼のものなのだと、どうしても頭の中で繋がらない。 * * でも、常識で、そうちゃんと認識している。 * * ちゃんとわかっている。 * * * * * だから、盗った。 * * *
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