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玄関の扉を潜り店の外に出ると、三木が自分のスラックスのポケットから鍵を取り出し、小さな駐車場の隅に置かれた銀色のフェラーリに向かって歩いているのが、最初に見えた。
そして、彼の行く先では、真としずが、楽しげに会話している。
すると、人の気配に気付いたのか、しずがふとこちらを向いた。
彼女は三木を見た後、俺に目を移すと、まるで何かに安堵をした時に無意識に現れるような、柔らかい笑顔を浮かべた。
暗闇に灯りが灯るような、そんな笑顔だ。
優しい彼女に、俺は今、上手く笑い返せているのだろうか。
彼女を恐れながら、騙しながら、欲深ながら、上手く笑えるというのだろうか。
こうやって、自分の表情がわからなくなったのは、一年前のコンペの授賞式以来だ――。
過去を振り返り、その記憶を胸に抱えて三木の背を見る度、小さくなるはずの彼の背が大きくなってゆくように感じた。
彼女と俺を隔てる壁は三木ではないが、彼がその象徴のように思えたのだ。
救いを求めるように天を仰ぐと、広がるのは暗闇ばかりで、星一つ見つけられなかった。
――この空は、この恋のようだ。どこに続くかもわからない暗がりがずっと続いて、僕はどこに行けばいいかもわからず、ただ手探りで、星を探してる。
そんならしくないもない事を考えると、無性に煙草が吸いたくなった。
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