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「ねえ曽根川(そねがわ)くん、この世に運命ってあると思う?」
新しいクラスで、唯一の友人である天見愛流(あまみ あいる)が声をかけてきたのは、校門を少し出た桜並木でのことだった。
昼下がりをさらに過ぎた日ざしは赤みを帯びた黄金色に傾き、照らされた桜は、暖かくなり始めた春風によって舞い落ちる。
その散った花びらが敷き詰められた、ピンク色の絨毯を歩いていた僕に、追いついた彼女は第一声でそう訊いてきたのである。
茶色い短髪に白のカチューシャをつけ、一本のびたトレードマークの跳ねっ毛が、風にあおられゆれている。
なびいた新品のスカートから覗く太ももは、健康的な肌色だ。
可愛らしく整った顔立ちの、クリッとしたアーモンド型の瞳が、僕に返事を促していた。
いけない、バッチリ目が合ってしまった。
彼女はとても勘が鋭く、中学の頃はよくからかわれたものだ。
今だって、なにを考えていたのか問われたら、絶対に答えられない。
だから僕は、頬をかきながらちょっと間をおいて、
「ないと思うよ」
そう言った。
「……ふうーん」
つまらなそうに呟いく彼女から注がれる容赦ない視線に、次第にじくじくと罪悪感が込み上げてくる。
適当に答えたから、ではない。
嘘をついてしまったせいだ。
僕は以前一度だけ、運命と呼べる理不尽さを味わっている。
なぜ嘘をついたのか……それは、そのことが、僕にとって〝絶対に口にしてはならない秘密〟そのものだったからだ。
泣きじゃくる〝あの娘〟の顔が脳裏に浮かんだ、そのとき――
「嘘だね」
驚くほど平坦な声音(こわね)でたちまち我に返る。気づけば、触れ合うほどの距離にいた天見さんの丸い瞳に、僕の顔が映っていた。
「――っっっ?!」
近い、近すぎる。すぐさま息を止めた僕は、やっとの思いで唾液を飲みこんだ。
いつもなら、寸前に鼻腔をくすぐった彼女の香りは、僕の胸を甘く高鳴らせていたのだが、今や凍りついた心臓は音をたてて、冷血を全身へと押し流している。
丸々と開かれた、僕を見つめる彼女の瞳には――無色の、しかしどこか影のある、暗いうねりが見えたような気がした。
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