曽根川ひかる

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「――だって曽根川くん、運命とか占い、好きそうだし」      ぱっ、と離れた彼女は、すでにいつもの天見さんだ。その瞳に、先ほどのかげりは微塵も無い。      気の所為(せい)だったのかな?      きっとまた、おちょくられたのだろう。僕は内心、胸を撫で下ろしつつ、そのことを悟られまいと、若干の怒りと皮肉をこめて、     「……それは僕の、〝この顔〟のことを言っているのかな? 天見愛流さん」      すると彼女は、にっこりと破顔して。     「ああ、ごめんごめん。でも暗いなあ。気にしない方がいいよ、女顔(おんながお)なんて」     「……誰が原因でこうなったと思ってるんだ――全部天見さんの所為じゃないか」      そう、中学に在席した三年間。彼女が読書部(と言っても、メンバーは僕だけで、実質同好会だったのだけれど)に入部して以来、僕は事あるごとに弄(もてあそ)ばれてきたのだ。      特にひどいのが、二年生の文化祭。引き金は部室で呟いた天見さんの一言だった。     『曽根川ひかるくん、キミ、女装しなさい』     『………………え?』     『大丈夫、なんだったら私も男装するから』     『いやいや、全然大丈夫じゃないよっ?! しかもなんか「仕方ないから付き合ってあげる」みたいなニュアンスだし!?』     『だって、読書部(うち)の出し物、本の展示だけだとやっぱりつまらないじゃない。私と、思い出作りしましょうよ』     『そんな一生記憶と記録にえぐり込むような思い出はいらない!!』     が、結局。僕は女子の制服に化粧を施(ほどこ)され、複数の男子生徒からナンパと真剣告白を受けるという――これから長いであろう人生で、絶対に五本指に入るというほどのトラウマを植えつけられたのだった。      そして当然、先生からはこっぴどく叱られ、僕は(男としての最後の尊厳を守るため)全責任を被り、自らの手で残りの中学校生活を灰色に染めた――      くっ、心の痛みで涙腺の堤防が決壊寸前だ。僕が顔を逸(そ)らすと、天見さんは不思議そうに首を傾げて。     「ん? どうかしたの曽根川くん」     「いや、ちょっと昔のことを思い出しただけだよ」     「ああ、そういえば、中学の文化祭で女装したことあったよね。可愛いかったなー、あのときの曽根川くん」     「……僕もちょうど、そのときのことを思い出していたんだ」
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