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若者の住まいは、古びてはいるが頑丈そうな建物の一室だった。
元は高級マンションか何かだったのだろう。何台もあるエレベーターや、広々とした玄関ロビーにかろうじてその面影が窺える。もっとも、そのエレベーターも大半は故障して動かないようだったが。
若者は迷う事なく、かろうじて動いている一台きりのエレベーターの前に立った。
しかし、その現在位置を示す目盛りはめいっぱい右端に寄っていて、最上階付近に止まっている事を示していた。
大雑把に目盛りに振られた数字は、もっとも大きなもので40。ちょっとやそっとでは降りて来そうにない。
「ちっ」
舌打ちついでに、エレベーターの扉を思いっきり蹴り付ける。
表面に微かな凹みができたようだが、気にする気配は微塵もなかった。
「……ったりぃな」
口の中でぶつぶつと文句を言いながらも、少年を肩に担いだまま、若者はエレベーター脇の階段を登り始めた。
目的の階にはすぐ着いた。
若者の部屋は、四階の廊下の一番奥だった。
泥棒避けなのだろう、扉には元からある鍵以外にも、自分で穴を開けて取り付けたらしいシリンダー錠やダイヤル式の鍵など、合計六つもの鍵が取り付けてあった。全部開けるだけでも一苦労だ。
それを、少年を肩に担いだまま片手だけで器用に開けて、部屋の中へ入るとようやく少年の身体を床に下ろした。
見事なほど、簡潔な部屋だった。必要最低限の家具以外、何もない。
リビングにはテーブルとソファがひとつずつ。ダイニングには食卓すら見当たらず、料理の際の作業台代わりとおぼしき古いテーブルが、キッチンに横付けされて置いてあるきりだ。冷蔵庫とオーブンレンジがある事で、何とかキッチン本来の使われ方をしているらしい事が判る。
きっとベッドルームには、ベッドひとつきりしか置いてないのだろう。その情景が容易に想像できる空間だった。
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